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BAY’S INTERVIEW

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2013 Winter

BAY’S INTERVIEW

第3回 自分をメンテナンスすることを病気が教えてくれた

「ら・ら・ら・」「熱くなれ」「夏が来る」など、数々のヒットを持つシンガーソングライター、大黒摩季さん。2010年、彼女が子宮疾患の治療のために休養宣言をしたニュースは記憶に新しいと思います。「10年近く一人で悩んできた」という当時の病状は、子宮腺筋症、左卵巣嚢腫、子宮内膜症、子宮筋腫が重なった深刻なものであり、妊娠を望む大黒さんの治療生活は今も続いています。メディアで姿を見ることができるのはもう少し先になるものの、今回、無事に手術を終えられた大黒さんにインタビューすることができました。
病気について、医師や医療との関わりについて…ステージで輝いていたパワフルな印象はそのままに、すべて忌憚なく語ってくださいました。

なかなか婦人科に足が向かない。だから発見が遅れてしまった。

大黒さんが不調を感じたのは1996年。前年にはシングル「ら・ら・ら」が発売されてミリオンセラーになるなど、人気絶頂期を迎えた頃。「とにかく体調が悪くて、何をやっても辛かった。でも病院に行って調べても内臓はツルツルでどこも悪くありません、と言われるんです。」あらゆる検査をした大黒さんが唯一、なかなか足を運ばなかったのが婦人科でした。「気後れするというか、行きにくくて。それで発見がすごく遅れたんですね。マネージャーに強く勧められて、ようやく婦人科へ行ったら“子宮内膜症の中末期”でした。その頃は子宮腺筋症とか内膜症が分類されていなくて、ひとくくりに子宮疾患だったんです。」そこから大黒さんの、病気との闘いが始まったのです。
「最初は薬剤で女性ホルモンを抑えて病巣を小さくする治療を行っていました。ところがホルモンの関係で、一番ハイトーンの気持ち良い音が鳴らなくなってしまって。ライブのチケット約4万7千枚の発券は終わっているし、歌をとるか治療をとるか…究極の選択を迫られました。」その時、大黒さんが出した決断は自身の身体ではなく歌のクオリティでした。「なぜなら、大黒摩季はすでに一人じゃなくて壮大なプロジェクトだったから。私が休むことで、どれだけ多くの人々に影響や損害があるんだろうかと。簡単に弱音を吐ける状況じゃなかったんです。」

大黒摩季としては言いたくないけど一人の人間としては相当、辛かった。

「大黒摩季が辛いって言うのは似合わないので(笑)、あまり口にしたくないんですが、一人の人間としては相当苦しかった」と当時を振り返る大黒さん。「出血過多はもちろん、筋腫の痛みも腺筋症の痛みも、嚢腫の痛みもあるから。頭痛も慢性化していました。私ね、たぶん人の何十倍も体力があって(笑)、人の何倍も痛みに強いんです。普通なら倒れている状態でもけっこう歌ってた。」過酷な日々の中でも常にトップシンガーとして第一線に立ってきた大黒さんのモチベーションは、やはりファンの方々だったと言います。「“摩季姉のライブが生きがいです”とか“明日から頑張る元気をもらえます”なんて言われたら、もうね。母親が母親をやめられないみたいに、私を必要としてくれるファンがいる限り歌い続けようと思っていました。」
しかし、そんな大黒さんが2010年に休養を決めたのもまた、ファンのためでした。「だましだましやってきたけれど、プロとしてこれ以上クオリティを下げることができないと思って。『熱くなれ』って歌ってる人が本当は病気だったら、元気もらえないでしょう?(笑)」かくして、大黒摩季の休養宣言が世間を騒がせることに…。「体は限界に来ていたし、40歳になっていたから子供を産むなら今しかないと。断腸の思いで休むことを決心しました。」

医療のプロフェッショナルたちが歌手生命を救ってくれた。

2010年から休養に入った大黒さんですが、治療がスムーズに進んだわけではなかったとか。「子宮疾患は妊娠が治療でもあるので不妊治療を優先したものの、子宮に4つも病気を抱えたままの妊娠はなかなかうまくいきませんでした。やはり手術で病巣を減らそう、ということで2011年5月に手術をしました。」今は邪魔なものはほとんど切除して相当すっきりしています…と語る大黒さんが嬉しそうなのは、単に病巣が取り除かれただけでなく、歌手生命を左右する腹筋に影響がなかったから。「私は腹筋とか背筋とか、いわゆる筋力で歌っているタイプなんです。男性と同じ筋力をキープしながら歌わなければ、あの声は出ません。だから切り札であるお腹周りにメスを入れるのは恐怖でした。手術をためらっていたのは、少しでも切り方を間違えてインナーマッスルを傷つけると歌えなくなってしまうから。執刀したドクターはその点をしっかり理解してくれました。」腹筋を損傷させないようまず縦に切り、内部では横に…と、高度で繊細な手技を発揮してくれたのだとか。「大黒摩季をだめにしたら自分達がすたる(笑)…そんな気迫を感じました。本当のプロフェッショナルでしたね。」
ドクターたちに真のプロフェッショナル魂を感じたからこそ、大切な体を預けられた…という大黒さん。「私は、そういう人が好き。仕事も同じで、“こういう理由で、これはできません”って言う人がいるとトーンダウンします。できない理由を挙げるより、できる方法を探すのがプロだと思うから。私自身もそうやって、最高のものを創ってきたつもり。一流のプロと仕事をするように、一流のプロの治療を受けられて幸せです。」

自分をメンテナンスすることを病気が教えてくれた

壮絶な経験を乗り越えて、大黒さんが学んだこと…それは「自分をメンテナンスする大切さ」だそうです。「最初に気後れして婦人科に行かなかったことが、症状の悪化を招いてしまったから。」今は少しでも不安があれば、かかりつけ医のもとへ駆けつけるそうで、「今は特に多いけれど、週に1回はドクターの顔を見ているかも」と笑います。「別に病院が好きなわけじゃなくて、この前みたいにまとめて出るのが嫌なんです。病気は早期発見が一番ですよ。」だからこそ、病院に行かない人をみると背中を押してあげたくなるとか。「自分をもっと大切にしてあげようよ、って思う。特に婦人科は、女の子同士でエステとかカフェの感覚で気軽に行ければいいですね。女性は体の変化がそのまま精神に出るでしょう?ホルモンバランスが崩れてイライラしたら、自分を責める前に婦人科へ行けばいいんです。実はね、私が休養宣言をしてから、婦人科に来る女性が増えたんですって。それを聞くとカミングアウトして良かったなって。」
今後は、不妊治療を続けると共に、数年内にはカムバックを構想中の大黒さん。「この頃は体調がすごく良いんです。この調子で復帰したら、100%以上のポテンシャルで歌えることになるでしょう。そうなれば、最強の大黒摩季お見せできますよ!」
PROFILE    大黒 摩季(おおぐろ まき)
1969年生まれ、北海道出身の女性シンガーソングライター。1992年に「STOP MOTION」でデビューし、続く「DA・KA・RA」がミリオンヒット。その後も「熱くなれ」「夏が来る」「ら・ら・ら」など大ヒットを連発。ソウルフルな歌声と女性の本音を綴った歌詞で、幅広い層から支持されている。

■取材日時
 平成25年11月1日
■取材場所
 バイエル薬品(株)東京オフィス
■インタビュアー
 ニューチャネルマーケティング 
 佐藤・朝枝

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